そして日本のクリスマス料理の定番の一つはクリスマスチキンと呼ばれるローストやフライにした鶏料理だそうですね。多くのコンビニ、ファミレス、ファストフード店などが早い店では10月から予約受付するほどの人気だとか。一方スペインではクリスマスの食卓の主役と言えば、なんといっても仔羊でしょう。サイドディッシュとしての海産物、なかでも海老や蟹などの甲殻類と並んでクリスマス時期に特に高騰するのが仔羊や仔豚の価格です。親類縁者が集まるクリスマス、一緒に里帰りした旦那さんの実家でお姑さんの指示と監視の下、毎年々々仔羊を焼き続ける役目を振り当てられた大和撫子もいらっしゃいました。
この仔羊料理でも特に人気があるのがコルデーロ・レチャル cordero lechal という乳飲み仔羊です。生後25日~30日、重さが5.5㎏~6㎏程度のまだ飼料は食べず母羊の乳しか飲んでいない仔羊を使い、その調理法としては特にクリスマス等の晴れの日には窯焼きが好まれます。本場のカスティージャ地方には大きな楕円形の土鍋によく洗って乾かした仔羊を乗せて、純粋に羊のおいしさを味わう為、香辛料や油、ワインなどは一切使わず、塩と水だけで焼き上げる老舗専門店もあります。それだけ素材の質に絶対の自信があるからこその調理法なのでしょう。
乳飲み仔羊といえばカスティージャ地方の名物料理でそれを”売り“にしている町がいくつかあってブルゴス県のレルマ(Lerma)も代表的な名産地の一つです。その中でもお気に入りで足しげく通った店があります。横丁にある地味な構えの小体な食堂で、メニューは乳飲み仔羊の窯焼きだけ、サラダもレタスのみ、肉料理に合うしっかりとしたフルボディーの赤ワインも用意はしてはいますが、羊の味をより引き立たせるハウスワインのロゼのさっぱり軽やかで主張しない潔さがお勧めでした。
そこの亭主曰く『ブルゴス大聖堂の鐘の音が聞こえる範囲で生まれ育った乳呑み仔羊だけをご提供させていただいております・・・』。ここレルマの町から北へ約40㎞のブルゴス市は県庁所在地で世界遺産に指定されている大聖堂が有名です。そういえば100年前スペイン風邪大流行の際、あまりにも奔放にふるまう県民にしびれを切らせた県知事が三密回避と換気の徹底を促した臨時公報を出した県でしたね。2020年6月9日公開『スペイン風邪』https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/20200609/
写真1
写真2
写真1.はその店の乳飲み仔羊のローストで1/4ポーションの二人前が最低注文単位です。勝手についてくるサラダがあまりにもそっけないカット・レタス。写真2.はクリスマス仕様とは言え地味な店内、左下には私の顔がちょっと覗いています。小洒落たデザイン食器に刷毛でソースを塗って、ほんの一口、二口分の料理を乗せた昨今流行りの映える演出とは真逆路線で味だけで勝負型専門店です。
写真3
写真3.はブルゴス大聖堂です。古き良き時代のハリウッド大作『エル・シド』を覚えている人はもう少なくなってしまったでしょうね。主役を演じたチャールトン・ヘストンやソフィア・ローレンの名前も知らない人が多くなったかもしれません。そのエル・シドとはアラビア語で紳士、騎士、ご主人様の意味で、敵であるイスラム教徒から尊敬の意味で送られた名前だそうです。本名はロドリゴ・ディアス・デ・ビバルという地元出身の貴族で武将でした。11世紀イスラム教徒に征服されていたスペインを取り戻す国土回復戦争で活躍した彼が埋葬されているのがこのブルゴス大聖堂です。
写真4
写真5
写真4.はニューヨークにあるヒスパニック・センターのテラスで勇ましく出陣するエル・シドのお姿。センター創立者のアーチャー・ミルトン・ハンティントンの奥方アンナ・ハイアット・ハンティントン女史の作品です。
祈りの時刻や祭りの知らせなど、大聖堂の鐘楼から響きわたる鐘の音とともに営まれていた地域住民の日々の生活のなかで羊たちもその音色に癒されて育っているのでしょう。地元の人々にとっては郷土の誇りである、大聖堂、エル・シド、そして仔羊料理・・・、とここまで書いて来てふと気が付いたのは、全能の神が人間の罪を贖うために地上に遣わされた子羊つまり神様のお使いであるイエス・キリストをその誕生日に食べてしまうとは、これ如何に。 旧約聖書によると穢れのない子羊を神に捧げて贖罪を願ったとか。つまり生贄でしょうか?写真5.はスルバランの手になるプラド美術館所蔵『神の子羊 Agnus Dei』です。
追記 前回のカナリア諸島に関する記事中、12月14日時点で噴火が続いていると記しましたが、それから10日間余り経過観察した結果、12月13日を最後に火山活動が停止したと判断できるとの発表が25日クリスマスの日にありました。素敵な贈り物になりましたね。