このウルトラというラテン語起源の言葉はスペイン語では接頭辞として 過剰な~、極端な~、~を超えた、~の向こうに、などの意味を付加する役割があり、ultrasonido 超音波、や ultravioleta 紫外線、ultraderecha 極右、ultramaratónウルトラマラソン等々で使われています。しかし何といってもこの言葉の晴れの舞台はスペインの国旗にも使用されている国章でしょう。そこにはPLUS ULTRA・もっと向こうへ、とラテン語が記されたリボンが左右の柱に掛かっています。
図1. スペイン王国の国章です。
この国章の両端にある柱は地中海の出口であるジブラルタル海峡のアフリカ側とスペイン側にヘラクレスが建立したとされる柱で、からまるリボンにはNON PLUS ULRA・ここから向こうは何もない、と書かれそこを超えたら世界の果てであるとされていましたが、コロンブスがアメリカ大陸に到着してからはNON を取り去り PLUS ULTRA・もっと向こうへ、となってスペイン国王カルロス一世のモットーとなり、現在ではスペイン王国の公式な標語となりました。
柱と言っても実際にはジブラルタル海峡の両側にそびえる二つの山を柱にたとえているようですね。地中海から大西洋に向かって海峡に差し掛かると右手ヨーロッパ側には海抜424メートルの当時KALPE・CALPEと呼ばれたジブラルタルの岩山があり、こちらは議論の余地無しですが、左手アフリカ側のABILA・ABYLAと呼ばれた山であろう候補は2か所あり、海抜840メートルの現在モロッコ領のムーサー山(Yebel Musa)かそれともスペインの自治都市セウタにある海抜180メートルのエル・アチョ(El Hacho)山か定かではありません。
写真1.NASA earthobservatoryによるジブラルタル海峡の様子です。
ジブラルタル海峡といえば春になると大西洋クロマグロたちが産卵場所を求めてこの海峡を通って地中海へと向かいます。産卵を終えてからもここを通って大西洋に戻るのですが、岸から近い場所に仕掛けた定置網でそれこそ一網打尽のアルマドラバalmadrabaと言われる漁がフェニキア時代から行われていました。ローマ時代の地理・歴史学者のストラボンもこの漁について書き残しているそうです。近年日本へも冷蔵で輸出されているので、地中海マグロのお刺身を召し上がった方も多いでしょう。以前この話題について投稿したので興味のある方はこちらを見てください。https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/20150528/
話がそれましたが、このヘラクレスの柱のデザインはスペインの国章、国旗だけではなく世界中の人々が目にしているアメリカ合衆国の通貨であるドルの表記としても使われているということです。 ($通常コンピュータでは縦線は一本)。
この元となったといわれているのが初の世界通貨とも考えられる8レアル銀貨です。1808年にはアメリカの法定通貨として1ドル銀貨として通用したのでメキシコドルとも呼ばれています。
写真2.スペイン統治時代のメキシコで鋳造された8レアル銀貨、カルロス3世の横画が表、裏面はヘラクレスの柱を含むスペインの国章です。
スペインの国旗にもこの紋章が使われています。ちなみにこの赤は命をかけて祖国を守った人々の血、黄色は富を象徴する黄金を意味するとの穿った説明もありますが、実際は1785年当時の国王カルロス3世が“海戦の際に敵味方を見間違えないようなデザインにする”と極めて実務的に決められた色だそうです。それにしてもスペインの華やかな国章と日本の簡素とも言える菊紋と比べると“東は東、西は西”という言葉、むべなるかなと思われますね。
図2.スペイン王国の国旗です。
とは言っても日本ではどうも文字に凝る傾向があるようで、スペインのパスポートの表紙に使用されているフォントはとてもシンプルですが、日本の旅券では『日本国 旅券』をあえて篆書体で印刷しています。国家の重要書類に押される国璽(こくじ・印章)に倣ったのでしょうか。
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