美術界でこの黄金よりも高価で貴重な青が使用される機会が多いのは宗教画における聖母マリアのマントでしょうか。とくに有名な青使いと称される一人がルネサンス初期の修道士で画家でもあったグイード・ディ・ピエトロ、通称フラ・アンジェリコで、彼の使用する青は現在でもフラ・アンジェリコ・ブルーと呼ばれています。その青を使った代表作の一つがプラド美術館所有の『受胎告知』でしょう。
この作品は長年にわたって蓄積された汚れや支持体であるポプラ材の割れに起因する表面の亀裂などで劣化してしまった状態だったので、2019年のプラド開館200周年記念行事の一環として催された展覧会に向けて、2018年から一年間かけて洗浄・修復作業が行われた結果往年の輝きが蘇りました。修復前と後を比較すると特に金箔の部分やフラ・アンジェリコ・ブルーの鮮明度の差が歴然としていて素人目で見ても修復技術の高さが想像できます。
写真1.プラド美術館所蔵、フラ・アンジェリコ作『受胎告知』(1425~1428)左半分が修復前で右半分が修復後です。https://www.museodelprado.es/actualidad/multimedia/restauracion-de-la-anunciacion-de-fra-angelico/ecf64690-8ff0-5c2d-aaef-fce1ea95bcd6
そしてもう一人この青に魅せられた本人の名前が色の名称にもなったのが17世紀オランダの画家フェルメールでしょう。映画化もされ、代表作とも称される『真珠の耳飾りを付けた少女』のターバンの青がとても印象的ですが、青で言うなら『牛乳を注ぐ女』のエプロンや卓上に置かれた布巾の鮮烈な青も記憶に焼き付きますね。彼はこの高価な顔料であるウルトラマリンにぞっこん惚れ込み身代も傾くほどだったとか。おかげでと言うか、その青に対するこだわりのせいで今でもフェルメール・ブルーとして画材屋さんで販売されているそうです。
写真2.アムステルダム国立美術館所蔵、ヨハネス・フェルメール作『牛乳を注ぐ女』(1658~1660)
ところでスペインの人たちがこのulatramarino という言葉を聞いてすぐに頭に浮かぶのはもしかした横丁の雑貨屋さんかもしれません。こちらは複数形なので語尾にsを付けてultramarinos ウルトラマリノスとなり、海の向こうから持ち込まれた長期の保存に耐える食品等を扱う商店の意味になりました。正式にはalmacén de ultramarinos(海の向こうからきた物品の倉庫)かな。
このウルトラマリノス食品雑貨店、ご多分に漏れず新興大量廉価販売店チェーンの進出によって今や絶滅危惧種となりつつあると思いきや、近所にスーパーが出店してもなお地元民に支持をうけて生き残っているところがあるのがうれしい限りです。その一例がアンダルシアの港町エル・プエルト・デ・サンタ・マリアで1914年創業した老舗食料雑貨店ラ・ヒラルダ Ultramarinos La Giraldaです。店名のGiraldaヒラルダとはアンダルシア州都セビージャの主教座聖堂・カテドラルに付随する鐘楼のことです。
写真3.100年以上続く老舗ながら気負いの無いごくごく平凡な外観です。
写真4.カトリック教のカテドラルになる前の回教寺院時代のお祈りの尖塔ミナレットのシルエットが店の名刺カードに使われています。
この店、哀愁さえ漂う鄙びた外見とは裏腹に全国チェーンのスーパーでは取り扱っていないスペイン各地の逸品や地元でしか手に入らない優れものをとりそろえて、ご近所さんのみならず舌の肥えたバカンスセレブ族にも珍重される店です。そしてもうひとつ普通のスーパーではほとんど見かけない、分け知りが一杯ひっかける場所が店の奥にあるのです。いわゆるイートインですが、店の風情からして酒屋の角打ち、または立ち吞みカウンターと言ったほうがぴったりしますね。
写真5.店内も地味です。
今回こちらで頂いたのは地元のシェリー酒の中でも特に辛口のマンサニージャと呼ばれる潮風の当たる農園のブドウで醸造、熟成させた逸品です。アテにはこれまたド定番のイベリコ豚の生ハム・・・と昼間から管を巻いている最中にも常連のおかみさんや旦那さんが頻繁に出入りしていて地元密着型のお店と実感した次第です。
写真6.昼酒中の立ち吞みコーナーから見た店内の様子。