“100年前初めて日本に来たエル・グレコの作品がその輝きを取り戻しました”
先日スペインの全国紙“ABC”の文化面に掲載された記事の見出しです。スペインの古都トレドで多くの名作を残し生涯を閉じたギリシャ人エル・グレコ(1541-1614)が描いた《受胎告知》は長い間倉敷の大原美術館の顔として来館者を魅了してきました。そして66年前に洗浄が行われて以来、今回、本格的な修復がマドリードのプラド美術館から招聘された修復士エバ・マルティネス氏によって行われたという記事です。
その記事の中で、エバさんは修復作業環境について「最近設置された作業室は小さなスペースですが優れた照明、換気、温度と湿度の制御等の各システムが完備し、さまざまな器機や用具類など修復作業に必要なものはすべて揃っていました」とコメントしています。「その期間は7月19日から8月9日までの3週間余りで、修復作業に着手する以前には紫外線、および反射赤外線撮影、顔料の層序と蛍光X線分析などが実施されました」 写真1は修復作業中のエバさんです。
参考までに、この修復作業の過程はYoutube “ エル・グレコ《受胎告知》修復工程”にて詳しくご覧いただけます。

写真1
そもそもこの美術館が1930年開館した当初の目的は欧州まで行くことが困難な日本の人々、とりわけ画家たちに当時の西欧名画の実物に触れてほしいという思いがあり、館の創立者であり地元の実業家大原孫三郎の命を受け親交の厚かった画家、児島虎次郎が1920年代に主にパリで購入した作品が多く、モネ、マティス、ルノワールなど当時の現代フランス絵画の印象派の作品が中心でしたが、そこに300年以上前のエル・グレコの古典作品がぽつんと一点だけ含まれている事が、奇跡の一枚ともいわれる所以でしょうか。
その理由の一つとして考えられるのは、1919年から1920年の年末年始にかけて行われた44日間の児島のスペイン旅行かも知れません。当時スペイン留学中の画家須田国太郎の案内でマドリードのプラド美術館を訪れた際にエル・グレコの《受胎告知》を前に感動のあまり立ち尽くしてしまったそうです。写真2は現在プラド美術館が所蔵している5点のエル・グレコ作《受胎告知》の中で一番大きな(315cmx174cm)作品でマドリードの神学校内の祭壇の為に1597年~1600年に描かれたものです。

写真2
このようなスペインでの経験があり、また以前の投稿※でも書いた通り、 「19世紀から20世紀にかけてフランスやスペインの前衛画家達がエル・グレコにアカデミズムに囚われない新たな芸術の可能性をみて再評価、熱狂的に支持しはじめました。この流行は“エル・グレコ神話”と呼ばれ、大原美術館を創設した大原孫三郎の命を受けフランスで美術品を収集していた児島虎次郎にエル・グレコの“受胎告知”を購入せしめた一因でもあるでしょう」 というのも購入の背景かな。
※エル・グレコとキュビズム|山田 進|ナレッジワールドネットワーク|アクティビティ|ナレッジキャピタル
https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/20230928/
・・・と、今回エル・グレコ作品修復のニュースを見て色々と調べてみました。
それにしても気になるのはいつ再会できるのかですが、大原美術館9月17日の報道発表によりますと、今秋3か月間暫定的にプレ再展示として一般公開され、その後正式な一般公開は長期休館(2026年2月9日(月)~4月24日(金))以降となるそうです。
展示期間 :2025年10月21日(火)~2025年12月21日(日)
会 場 :大原美術館 本館3室(岡山県倉敷市)
開館時間 :9:00~17:00(入館締切 16:30)
またこのエル・グレコの《受胎告知》は12月22日(火)から2月8日(日)まで中之島香雪美術館(大阪)に貸出されるということです。その一般公開の詳細については現時点(9月24日)では不明です。
おまけ:多くの画家が描く《受胎告知》はガブリエル大天使がマリアに告知する瞬間ですが、写真3のイタリアの画家Vittorio Matteo Corcos(1859-1933)は告知する前を描きました《受胎告知直前》ですよね。せっかく羽があるのに庭園の入り口に着地後、わざわざ徒歩でお告げを伝えにきた大天使ガブリエル、その気配を感じたのか“あ~、やはりいらっしゃったのね!”と、これから起こる運命を受け入れて諦観したような、若干12歳~16歳とされているマリア様です。それにしても上記のエル・グレコ作品の天上界楽団も参加するお賑やかさと比べるとなんと静やかな情景でしょう。

写真3