なだらかに五角形をしたその上表面には、4、5箇所の丸みのある突起部分があって、そこが食欲をそそるような黄金色の良い焼き色。でも、異常に軽いので、割ってみると中は白い空洞。丸っこくて両手で包み込んであげたくなるような形のこのミケッタは、ファッショナブルなミラネーゼがデザインを意識して外見に拘るばかりで中身が伴わなかった産物かな、とイタリア移住当初は想像したものですが、実際は、ミラノの 湿度の高い冬季にカビが生えないようにと保存目的で生まれた伝統的なパンで、パン屋には生産上、割りの合わないパンであることから今となっては見かけなくなった幻のパン。
ミケッタも大好きですが、イタリア各地に色々なパンがあり、その中で音楽家の私が一番大好きなパンがサルデーニャ島のパン。そのサルデーニャのパンは、かなり変わった代物。なぜなら、あっという間に粉々に割れてしまうような薄さの薄焼きパン。パーネ カラザウと呼ばれるこの薄焼きパンは、カリッと焼くトースト作業のサ カラサドゥーラという方言からきている。
ところで、サルデーニャの方言は面白く、ウで終わる単語ばかり。加えて、同じ子音が続くスキップ感のある音の地名や人名や物ばかりで、サルデーニャ出身の人をからかう時に、イタリア人はこの2つの特徴を駆使して、口真似をしてみせるのです。
例えば、パーネ カラザウにポーチドエッグを乗せたバリエーション版は、フラッタウ(Frattau)と呼ばれるし、オリーブオイルをかけてオーブンで焼いたカラザウは、グッティアウ(Guttiau)と呼ばれる。ちなみに、数少ない私のサルデーニャ出身同僚の苗字も、トゥルッル(Trullu)。
さて、音楽家の私が、味覚以上にこのパーネ カラザウを気に入っているのには、パンの別名が、楽譜パンと呼ばれているからなのです。楽譜のように薄い感じ、又は、割ったりかじったりした時に立てる賑やかな音がする紙という意味から、楽譜パンと言われる由来があるとか。
残念ながら、音楽家が、紙代わりに音符をパンに書き記した由来は無いようで、実際には、長期間の放牧生活をするサルデーニャの男性たちに、日持ちするような、そして馬に乗って移牧する時に簡単に運べるようにと考えて作り出されたのが、この薄焼きパン。
あんまりにも薄いので、割ること無く持ち運んだりもできない代物で、たとえパッケージされ、又は、工場製品化されて箱入りでも、壊れずに完璧な状態を保ったものは無いのです。完璧主義の日本の市場には向かない商品ですが、郷に入れば郷に従えで、イタリアに来たらこの違いやこの不完全さを抵抗無く楽しめるのだと思います。
で、どんな風にいただくのか、というと 、パリパリ感を楽しんでそのままで食するのも病みつきになるくらい美味しいけれど、具をのせたり、挟んだり、スープに浸したり、お湯にさっと浸してふやかしたりと言った風に、自由自在にそして何にでも合う魔法のような楽譜パン!
どうぞお試し遊ばせ!