「炎天下のもと10時間の列に並んで入る価値が本当にあるのかね?」と知り合いからの電話をもらった記憶があります。「旅行が出来るのなら、10時間以上はかかるけれど飛行機に乗って日本に行ってみて欲しい」が私の答え。
豊かな食文化を誇る日本が、「食」がテーマだったあのミラノ万博に全力投球した甲斐あってか、イタリアにおける日本食ブームは万博後に更に加速しました。分かりやすいところでは、一般的なスーパーでも、自宅で出来る寿司キット、お持ち帰り用の寿司詰めやお刺身、枝豆、日本酒、日本メーカーのウィスキー、ジンなどが販売される様になりました。
ここに至るまでイタリアにおける日本食は実に長い道のりを経てきていて、当初、日本人は生の魚を食べる不気味な人種の様に見られていたことは否めません。しかも気味悪い緑色のお湯を飲んだりするとか、真っ黒の紙の様な物を貼り付けたボール型の白いご飯は、まるで人間の頭の様なのでそれにかぶり付く様子が、人喰い人種とさえ勘違いされていたかもしれません。
さて、野蛮人のレッテルを貼られたかどうかは兎も角、最近は、ラーメンブームです。
これまたイタリア人が受け入れるには、ハードルの非常に高い食べ物。
抵抗する一番の理由は、音を立てて啜る様に食べるそのスタイル。日本に来たイタリア人観光客がびっくりすると共に吹き出してしまう時とは、例えば日本人の可愛らしい少女達が、ズズッ、ズズズ、ズズズズーと音を立ててラーメンやうどんを啜る光景。加えて、麺が無くなった頃にどんぶりを両手で持ち上げたかと思いきや、口を当ててゴクゴクと飲み込む作法に、びっくり仰天。
ラーメンやうどんは麺が伸びないうちにスピードを意識して食べるのよ、と私が入念に説明しても、日頃から食べ慣れないこの麺入りスープに簡単にノックアウトされてしまうイタリア人。頑なに音を立てずに食べようとするので、いつまで経っても麺が減っていかない永遠にどんぶりいっぱいの不思議な食べ物を前に、困惑した表情。反面、ズーズー音を抑えがち、でも、勢いに乗って食べられたイタリア人も、洋服の胸元は飛ばした汁のシミだらけに、これまた仰天。
それでもイタリア人に受け入れられたイタリアで活躍したラーメンには、ちょっとした細工が施してあるのです。日本のラーメンの様に縮れた麺ではなくて、なんとは無しにパスタの麺の様にまっすぐ。それから、猫舌なイタリア人の舌が火傷しないように、温度も緩めのスープ。その他色々な工夫が施されていますが、この二つが要。腰のある麺はスープの中で増えること無しに、あるべき食感をキープしてくれて、おしゃべり好きなイタリア人達がゆっくりと麺を堪能できる所がポイントなのです。
イタリア各地で次々にラーメン バー アキラを開店している創設者アキラさんから、そんな秘訣を教えてもらった後に、イタリア人が舌鼓を打つこのラーメンもなかなかいいじゃない、と思いながら、ズズッズズーと啜ってみました。
その傍、音を立てて啜る作法がまだ未熟なイタリア人が、私を見つめていました。