• 2025.07.14
  • 広場
イタリアの街を旅すると、必ずと言っていいほど「広場」に出会います。古都ローマから小さな港町まで、広場はその町の中心であり、人々が集う場所として大事な役割を果たしてきました。

遡ればローマ帝国時代、広場はフォールムと呼ばれ、政治の議論、商売のやり取り、宗教儀式などが行われ、町の鼓動のような場所で活動の拠点でした。どの広場にも必ずと言っていいほど教会が建てられていて、それは今日も変わらず残っていて教会と広場は必ずペアを組んでいます。中世時代には市民達が教会によく通うようになった傾向から、自然と教会の前に人々が集まる習慣ができていきました。それゆえに青空市場が開かれるようになったのも納得します。その後、時代が変わりルネッサンスに入ると広場は芸術の焦点となり、秩序や美の象徴として絵画のキャンバスかのように見立てられて、建築家達が腕を振るいました。そして今、広場にはカフェが建ち並び語り合う場所、音楽が響く場、人と人が出会い、別れ、また戻ってくるといったように、人々の記憶も交差する場所となりました。

そんなイタリアの広場の中でも、異彩を放つのがトスカーナ州の小都市ルッカにあります。

この広場は独特な楕円形をしていて、石造りの壁に囲まれています。その名も円形競技場(アンフィテアトロ)という。最大1万人を収容できたとされていて、剣闘士が戦い、観客が熱狂し喝采を上げた舞台は時代と共に役目を終えて、やがて住宅や市場へと変わりました。そして19世期にその形が再発見されて、現在の広場として整備されたのですが、今、地面にあの当時の円形競技場の痕跡は無いのだそう。その代わり、周囲の建物のカーブが往年の輪郭をなぞっているのが伺えます。


ところで「かつてここには水が溜められ、水上戦のような模擬戦闘が行われた」と、だいぶ前にイタリア人から聞いたのですが、調べた限りそのような記録は確認されていませんでした。おそらくローマのコロッセオのような競技の仕組みが廻りに巡って、ルッカのこの円形競技場にも当てはめられて語られたのかもしれません。

歴史の重みを感じさせるルッカの静寂な街並みなのですが、年に一度、一変する出来事があるのです。それが、「ルッカ・コミックス&ゲーム」。



アニメ、漫画、ゲーム、ファンタジー、そして無数のコスプレーヤーたちがこの城壁の町にやってくる情景は、伝統的な面影を強く残した街角からは想像がつきませんが、事実、セーラームーンが歩き、鬼滅の刃の戦士達が広場で写真を撮り、ドラゴンボールの声がこだまするイベントが開催されます。


意外なのは、ルッカの市民達がこの非日常のイベントを拒まずに、受け入れて楽しんでいる事。

ある老婦人は「昔はうるさいと思ったけれど、今は孫と一緒に参加して楽しんでいる。町が若返った感じがするので毎年、楽しみにしている」とインタビューに答えているとか。

ルッカの広場は、伝統と革新が交わる舞台のような空間。日常と非日常が交差する様子をそっと見守っているように感じられます。

特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地にソロとアンサンブルの演奏活動中。クラシックからポップスまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、イタリアの人気コメディアンの番組にバンド出演中。

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