• 2026.05.14
  • 欧州原子核研究機構(CERN)
私がスイスのジュネーブに到着したのは、ヨーロッパらしい、街がまだ半ば眠りについているような静かな早朝でした。辺りには、まるで意図的に作られたかのような、新鮮で清々しい空気が漂っていました。同行者も決められた旅程もなく、誰かとスケジュールを調整する必要もないこの旅で、ただ一つの目的地だけを思い描いていました。それは、欧州原子核研究機構(CERN)です。
この種の施設をひとりで訪れることには、どこか特別な意味があります。名所を巡るだけの観光客とは違い、人類と宇宙の間で交わされ続けている静かな対話の「観察者」、さらには「参加者」のような気分になれるのです。

理解の淵への旅
街の中心部からトラムに乗ると、しばらくは特に目立つものもなく、住宅地やオフィスが建ち並び、目覚めゆくヨーロッパのありふれた街並みが広がっていました。しかし、次第に辺りの様子が変わり始めます。CERNに近づくにつれ、かすかな期待が高まっていくのを感じました。通常の高揚感ではなく、まるで尋ね方もわからない「問い」の淵に立っているような、静かで知的好奇心に満ちた感覚でした。
目的地に到着してトラムを降りても、驚くような光景が広がっているわけではありません。壮大な門や未来的な建造物がそびえ立っているわけでもなく、ただ控えめな看板と、大学やリサーチパークと見紛うようなキャンパスがあるばかりです。
しかし、目には見えませんが、私の足下には人類が誇る最も野心的な実験設備が設置されているのです。

ザ・グローブ・オブ・サイエンス・アンド・イノベーション
最初に興味を惹かれたのは、CERNを象徴するドーム型の建造物、ザ・グローブ・オブ・サイエンス・アンド・イノベーション(The Globe of Science and Innovation)でした。この巨大な建造物の前にひとりで立つと、自分がとても小さな存在だと感じると同時に、何か計り知れないものと繋がっているような不思議な感覚を抱きました。
内部の展示は驚くほどわかりやすく解説されていて、私はゆっくりと歩きながら、すべての説明に目を通しました。読まなければならなかったからではなく、読みたかったからです。ひとりで旅をしていると、誰かのペースに合わせなければというプレッシャーもなく、好奇心の赴くままに好きな場所へ足を向けることができます。
反物質(アンチマター)や暗黒物質(ダークマター)、宇宙の起源などを解説した展示の前で、私は思わず足を止めました。というのも、これらは単なる科学的概念ではなく、人類がいまだに紡ぎ続けている壮大な物語の一部のように感じられたからです。
ふと、「人類は宇宙の始まりの瞬間を再現するための装置を作り上げたのだ」という考えが浮かびました。こうした気づきはBGMに乗って劇的に訪れるものではありません。静かに浮かんできて、いつまでも心に残るものです。

地下に隠された巨大設備の上に立って
地面の下で大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が静かに稼働していると考えると、どこか現実離れした感覚に包まれます。CERNの地下にある全長27キロメートルの環状構造物は、精密に目的を全うすべく、絶え間なく稼働し続けています。
敷地内を歩きながら、私は「足の下では、ほとんどの人が思いつきもしないような疑問を解明するための実験として、陽子が光速に近い速度まで加速され、衝突させられているのだ」と考えていました。
このような状況に身を置くと、人は自然と謙虚な気持ちになります。地面には特に変わった様子はなく、足音の響き方も普段と差異はありません。しかし、足下では日常とはかけ離れた実験が行われているのです。
そしておそらく、これこそが本質なのでしょう。宇宙の秘密の大部分は、実は目の前に存在していますが、私たちには見えていません。単に、それらを可視化する手段を持ち合わせていないだけなのです。
見学中、ガイドツアーに参加しました。普段はあまりツアーに参加することはありませんが、このツアーは一味違いました。同行者がいなかったからか、より解説に耳を傾けることができたように思います。
ガイドは単に情報を暗唱するのではなく、物語を語るように解説してくれました。洗練された、あらかじめ用意された台本に従うのではなく、より実態に即した語りでした。案内してくれた男性は、検出器を使った実験の難しさや共同研究の規模の大きさに加え、研究に常につきまとう不確実性についても話してくれました。
私は多くを質問せず、じっくりと彼の話に耳を傾けました。グループの中で匿名の誰かでいられるというのは、ある意味贅沢なことです。期待されることもなければ、興味があるふりをする必要もありません。ただ静かに物語に浸ることができるのは幸せなことです。
ツアーの途中で、彼は2012年に発見されたヒッグス粒子についても話してくれました。もちろん、この素粒子に関する記事は読んだことがあったものの、実際に発見された場所で説明を受けるというのは感慨深い体験でした。ヒッグス粒子の発見は、単に記事に取り上げられる出来事にとどまらず、今なお続く長い探求の旅における、一つの重要な節目だったのです。

CERNの最大の魅力-予期せぬ「人」という要素
CERNで最も印象に残ったのは、その卓越した科学技術ではなく、研究に携わる人々でした。
CERN では様々な訛りが混ざり合い、会話の途中で言語が切り替わります。コラボレーションは理想として掲げられるものではなく、日常のなかで自然に育まれています。廊下を歩いていると、この施設が、現代社会では革新的ともいえる原則を根底として成り立っていることに気づかされました。ここで重要視されているのは、国境を越えた知識の共有なのです。
カフェテリアでひとりコーヒーを飲みながら、周囲を観察してみました。科学者たちは実験データについて議論し、エンジニアたちは設計図を見直していました。学生たちは、私たちの多くが言葉にすることさえ難しいような概念について語り合っていました。
そして、ここでは威圧的な雰囲気は皆無で、階層意識もなければ目に見える障壁もありません。人々は静かに、そして忍耐強く、重要な課題に取り組んでいます。

静かなる遺産
去り際に、現代のインターネットの起源がこの場所で、ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)によって誕生したことにも思いを巡らせました。宇宙の最小構成要素の解明に特化したこの施設で、人と人のつながりを築く、最も大規模で革新的なツールのひとつが生まれたのです。この事実は、どこか皮肉めいているようにも思えます。
CERNで行われている研究の影響は物理学の分野だけに留まらないことを実感しました。ほとんどの人が気づかないような形で、私たちの日常の様々な場面に浸透しているのです。
CERNを後にする際に何かドラマティックな結論を得たわけでもなく、壮大な気づきの瞬間があったわけでもありません。ただ、ここを訪れたことで、私の中で物事の見方が静かに変わりました。
ひとりで旅に出ると、ある種の経験をより一層鮮明に感じることができます。何かに気を取られることがないので、より多くの気づきを得ることができますし、考えも深まります。そして、いつもとは違った形で物事を吸収することができます。
派手な演出で圧倒されることはありませんが、CERNは穏やかに、私たちに考えるきっかけを与えてくれる場所です。
世界の大きさについて、あるいは時間について、そして私たちが何を知っていて、何をまだ知らないかを、自然と考えさせてくれます。
このような場所を訪れた後には、ある種の静寂が訪れます。虚無というわけではなく、深みのある静けさです。それは、日常の悩みをほんの少しだけ小さくし、切迫感をほんの少しだけ和らげてくれるのです。

おわりに
もし誰かと一緒にCERNを訪れていたなら、有名な実験や技術的成果、印象的なデータといった、華やかなトピックスにばかり目を向けていたことでしょう。
しかし、ひとりでここを訪れたことで、一味違った体験をすることができました。自分自身をより深く見つめ直す時間を過ごすことができたのです。
ただ宇宙について学ぶことができただけでなく、宇宙における私たちの立場を顧みる機会となりました。
このような旅の真の価値とは、そこで得られる「知識」ではなく、持ち帰る「問い」にあるのかもしれません。

特派員

  • ダニアール・バクチエフ
  • 職業公務員

はじめまして。ダニアールと申します。公務員です。キルギス共和国に住んでいます。趣味は本を読むことです。また、旅行やいろいろな食べ物を味わうことも好きです。よろしくお願いします。

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