少しレポートをサボってしまいましたが、再開させていただきます。先日、日本からバンコクに戻る飛行機で、間も無くスワンナブーム国際空港に到着するという直前に、飛行機が雷雲の中を通り過ぎ大変揺れました。久しぶりのローリングでした。何とか空港に着陸した時には、豪雨で何か滑っているように感じて、止まらないのでは、と思わず足を踏ん張ってしまいました。ブレーキがあるわけでもないのに。ところが、エプロンに着くと全く雨は降っておらず地面も乾いたままです。いくら飛行場が広いといえども面白い現象でした。でも、タイなどの熱帯ではスコールとも呼ばれる雨がこのように降ることは珍しくはありません。
バンコクの雷雨の遠望(左は晴天時の、右は雷雨に覆われたバンコク市内)
早いスピードで移動する雷雲
スコールで時折街には洪水が起こり、交通渋滞に拍車をかけます。最近は、このような短時間豪雨による洪水が起こっても比較的早く水が引きますが、この裏にはJICAの支援による大きな地下貯留層があります。色々と言われる日本の海外援助ですが、目立たないが大変役立っている支援も多くあるのです。
短時間の雷雨で水没するバンコク市内アソーク通り
今年の9月10日に、台風の影響による集中豪雨で起こった、茨城県常総市三坂町での鬼怒川堤防決壊による洪水は記憶に新しいところです。急に増水した川が溢れ、家が流されている状況がテレビに映しだされて釘づけで見ていました。被害にあわれた方の一日も早い復旧をお祈りするところです。タイは台風の通り道ではありませんが、時折インドシナ半島に熱帯暴風雨が上陸し豪雨をもたらすことがあります。今年も9月15日から16日にかけて、タイを襲った熱帯暴風雨”Vamco”による大雨で観光地のパタヤが洪水となりました。パタヤ近郊には山がありますので鉄砲水が起こったようですが日本の様な激流ではありませんでした。
未曾有の大規模洪水では、2011年の7月から始まり3ヶ月続いた洪水があり、皆様の記憶にもまだあると思います。台風崩れの低気圧によって北部に豪雨が降り、北部のチエンマイ県から、チャオプラヤー川流域の支流に存在する中部のバンコクまで、58の県に浸水が及びました。日本企業のある工業団地もドムアン空港も水没しました。幸いバンコク市内は周りの運河の水門を閉めたため、北側の一部を除いて水没することはありませんでしたが、飲料水パニックになりペットボトルが店から消えてしまいました。「水がイッパイあるのに水がない」なんてダジャレを言っていることもできませんでした。なぜ、日本の洪水とタイの洪水はこうも様相が違うのでしょうか。それはバンコクがデルタ地帯にあり、北の山間部から南の海側まで約300㎞の間の標高差が僅か数メートルしかないのが原因です。要は落差がないので水が一気には流れないのです。よくタイの学生が「河川の水流のシユミレーションを勉強してタイに貢献したい」と言ってきますが、日本の理論はなかなか通用しないのです。
2011年のタイ大洪水。左がバンコク北部市街地、右がバンコク北部住宅外
タイの人は洪水が起こっても慌てません。2011年の洪水でも多くの死者が出ましたが、その多くは漏電による感電死でした。皆さんもご覧になったことがあると思いますが、昔の家は高床式で軒にはボートが吊られていました。洪水は当たり前の出来事であったわけです。しかし、近代化によって建築様式も様変わりして洪水に弱い作りとなってしまいました。油断による災害であったのかも知れません。東日本大震災による原子力発電所の事故や先日の洪水など、科学の進歩を過信しすぎるのも問題ですね。科学者の一人として反省するばかりです。