《コシード》の主役はひよこ豆、スペイン語ではgarbanzoガルバンソ(ゾではありません、ちなみに日本にも進出しているスペインのアパレル大手ZARAも ザラではなくご当地ではサラと発音します)。この豆、大阪は鶴橋商店街の乾物屋さんの店先で見かけたときには確か《エジプト豆》と表示してあったような記憶があります。豆と一緒に煮込む野菜で欠かせないのがキャベツ、ジャガイモ、人参。あとは各自お好みの野菜を自己責任で追加して問題無し。よく見かけるのが大根、玉ねぎ、ポロ葱,セロリ等日本でも簡単に集められる顔ぶれです。
次に肉類ですが必須アイテムは牛すね肉、牛骨、生ハムの骨、豚脂身の塩漬け、骨付き鶏(できれば雌鶏)、チョリッソ・ソーセージ、モルシージャ(血詰)ソーセージです。しかしこうなってくると日本のご家庭で再現するには若干ハードルが高くなってしまいますね。マドリードでは冬季の定番家庭料理ですので、これらを詰め合わせたお手軽《コシード鍋セット》を販売しています。日本のスーパーで申し訳程度に肝をそえた《あんこう鍋セット》を売り出しているのと同じ乗りでしょう。ベテラン主婦は行きつけの肉屋の兄ちゃんに“コシード作るから材料見つくろってんか”の一言で解決。
材料は多彩ですが作り方はいたってシンプル、前夜からガルバンソ豆を水に浸してほとびらかせます。また、塩漬けの豚脂も一晩塩抜きをして塩分調整します。さて翌日、前記の野菜と肉類の材料をすべて大鍋に投入して点火、沸騰したら鍋がほほ笑むくらいの弱火でじっくり炊くのみ。気になる方は時々灰汁取りなどしながら煮込み具合をチェックしてもいいですね。 指で挟んだ豆が簡単につぶれて、肉類が柔らかくなれば完成です。ジャガイモは煮崩れを防ぐ意味で完成直前に入れるのはカレーを作り慣れた方なら言わずもがなの手続きでしょう。
昔は暖炉でチロチロ燃える薪の横に材料を入れた土鍋を置く《放置調理》をしていたようですが、最近はお手軽、時短ということで圧力鍋の登場となりました。冬の朝、集合住宅の台所の窓を開けると、そこここから聞こえてくるのは“シュッシュ、シュッシュ”と圧が上がった鍋の蒸気の音、それにガルバンソ豆や肉類からの独特の匂いが加わって『そうだ!明日はコシードにしよう』とういう気にさせられます。まさにマドリードの冬の風物詩、そして所謂“おふくろの味”。
食べ方も独特です。日本の鍋は最後に御飯を入れて雑炊にしたり、うどんを投入して炭水化物を補給、と言うかこちらが目当てで鍋をするくらいのおいしさですね。ところがコシードは正反対、まず美味しいエキスの出たスープに極細パスタ《cabello de angel 天使の髪》を入れて頂きます。次は野菜だけの皿、それから肉類を攻めるという形で小じゃれたレストランなどでは立派な3皿コースでご提供。ご家庭ではスープ以外は大皿にてんこ盛り、あとはよしなにお取り分けくださいと、あなた任せスタイル。大抵食べきれませんので、翌日に、煮豆はニンニクと炒め、肉類はこま切れにしてコロッケに転用するのが“始末しい”な主婦の定番リサイクルです。
また豆の食べ方に各自こだわりの流儀がありまして、フォークの背で“親の仇”とばかり豆をペースト状になるほど潰しまくってほとんど離乳食状態にする人(実は私)、そこに塩漬豚脂をニチャニチャ混ぜ込む人(これも私)、と大人数で食べるときの人間ウォッチングも楽しいお鍋です。まあ能書きを言い始めたらきりがありませんが庶民が身近な食材を使い、体を温め、寒さをしのぐエネルギーを蓄えるという“ざっかけな”料理ですので作り方も千差万別、食べ方も同じく各自様々、結局“ガルバンソ豆”を美味しく食べられればなんでも有りです。
ところでスペインのお隣フランスにも《ポトフ》という冬の定番煮込み鍋がありますね。こちらは牛肉をメインに野菜と香草と一緒に煮込んだ料理。唐突ながらマドリードの水道水は大阪よりも軟水(*)、豆を柔らか、ふっくら煮込むには最適とのこと、そしてパリの水道水は硬水なので肉の煮込みに適していると言われています。
伝統料理はその土地土地、気候風土に合ったものが出来上がっていくのでしょう。今気づきましたが、《ポトフ》調理時にガルバンソ豆を加えればパリ風マドリード・コシードというおかしなハイブリッド料理になるかも知れません。その際にはフランス料理お決まりの月桂樹の葉やら丁子などの香草類は控え、豚肉加工品を追加するとより一層スペインに近づくかな。
(*)同じスペインでもバルセロナの水道水は硬水ですから、もしスペイン旅行でマドリードとバルセロナの両都市に宿泊する機会がありましたらお風呂で石鹸、シャンプーの泡立ち具合を比較してみてください。水質の差を実感して頂けると思います。