海沿いの町では大規模な洪水が発生し、水が建物の二階にまで達した場所もある。洪水は免れたものの、街全体が砂に覆われてしまった地域もあった。
レイリアでは倒木が線路を塞ぎ、リスボンと北部を結ぶ鉄道が運休になる。さらにはコインブラ付近では、同じくリスボンと北をつなぐ主要高速道路の一部が海水の影響で崩落するという深刻な被害も起きた。
分厚い雲の上では、春の太陽が湿った大地と我々の心を照らそうと、今か今かと待ち侘びており、雲が一瞬薄くなると、わずかな暖かさを感じる。しかしすぐに空は再び暗くなり、雨や雹が降り出す。
そんな中、私を元気づける出来事があった。
それは、ポルトガルを代表するバンドの一つ、Primitive Reasonの30周年コンサートが開催されたのだ。
高校の仲間たちによって結成されたこのバンドは、口コミで一気に広まり、30年前の1996年にデビューアルバム「Alternative Prison」をリリースし、ポルトガルの主要音楽賞であるブリッツ賞で、最優秀新人バンドと最優秀シングル賞を受賞した。
彼らは、一つの時代を象徴し、サブカルチャーを形づくった存在でもある。当時のポルトガルの音楽シーンには多様性がまだ乏しく、その枠に収まらない独自のアイデンティティを持ち込んだからだ。そして、彼らの音楽は、当時の若者が強く感じていた感情を、そのままの形で表現していた。
人気絶頂期、Primitive Reasonはアメリカに渡り、Misfitsと共に全国ツアー行った。タランティーノが通うピザ屋で食事をしたり、まだ無名だったLinkin Parkのメンバーがライブを観に来たこともあったという。
しかし、現地バンドのような強力なマネージメントの支援はなく、音楽以外の経験も限られた、ただただ若くて尖った彼らにとって、現実は厳しいものだった。やがてホームシックにもなり、数年後にポルトガルに帰国。ファンに温かく迎えられ、しばらく活動を続けた後、惜しまれつつ長い休止期間に入った。
その間、メンバーたちは別々の国で、それぞれの道を歩むことになる。音楽講師、マネージメント、ジャズミュージシャン、別のバンドでの活動、さらには音楽学で博士号を取得した者もいる。
2026年.デビューから30年。
メンバーたちは再びリスボンに集まり、このコンサートが実現した。
Lisboa ao Vivoではチケットは完売し、外にはなお入場を求める人々がいた。バンドメンバーも私たちも、白髪が混じり、体つきも変わり、確かに年を重ねていた。けれど、その瞳だけはあの頃のままだった。
イントロが流れ響いた瞬間、会場全員が同時に叫び、跳ねた。
人の密度と熱気。
誰もが声を張り上げてバンドと共に歌う。
そこの空間にいた誰もが、Primitive Reasonの音楽によって結ばれていた。
これほどの一体感は、これまで経験したことない。
まさに嵐のようなコンサートであった。
