• 2026.04.24
  • ミラノとサルデーニャ、二つの暮らしの間で
ミラノに住んでいると、ときどき思うことがあります。
この街は本当に魅力的な街。文化も仕事も集まり、刺激があり、便利で、面白い。
けれど同時に、スモッグに覆われた空や、霧がかった灰色の街角、車の列が続く高速道路の風景を見ながら、「自然のある場所で暮らせたらいいのに」と思う瞬間も多々あるのです。
私自身、毎年夏になるとサルデーニャ島に10日ほどバカンスに行きます。そして滞在する度に、いつも同じことを思うのです。青く澄んだ海、風に揺れる草原、夜になると驚くほどの満点の星空に囲まれ、そんな景色の中で過ごしていると、「もしここで暮らしたら」と想像してしまいます。


きっと誰でもそう言うと思いますが、バカンスと日常は違う。
ところがイタリアでは最近、その「想像」を実際の生活に変える人が少しずつ現れているのです。その一人が、サルデーニャ島スティンティーノ出身のアレッサンドラ・チリベルトという女性。彼女は長年ミラノで働き、企業の管理職に就いてキャリアを築いてきた優秀な女性。ところがある時から、お嬢さんを自然の中で育てたいと思うようになって、そして決断したのが、故郷サルデーニャへの移住だったのです。
この決断を可能にしたのが、リモートワークという働き方でした。彼女は会社と交渉してフルリモート勤務を実現し、さらにパートタイム勤務にすることで、ミラノに住み続ける必要がなくなるようにして、島へと戻ったわけです。
この話は地元紙にも紹介され、SNSでも話題になっていました。しかし意外なことに、反応は必ずしも歓迎ばかりではなかったのです。同じサルデーニャ出身の人々から、批判や皮肉のコメントも多く寄せられた、というのです。
「ミラノのトップマネージャーが島に戻って悠々自適に暮らしている」
そんな印象を持たれたことも理由だったようです。
しかし実際の彼女の生活は、決してそんな華やかなものではなくて、現在の仕事はパートタイムの営業職であり、リモート勤務も会社から与えられた特権ではなく、長年働いた末に交渉して得たもの。またパートタイムを選んだのも、娘の生活に合わせるためだったと言います。
旦那さんはブラジル出身で、ミラノではレストラン業界で働いていたので、サルデーニャでも同じ分野で仕事を探しながら、新しい生活を少しずつ築いているそうです。決して簡単な移住ではないが不可能でもない、と語るところからも、表には見えない努力が見えてきます。
ここで改めて思うのは、ミラノという街の懐の深さ。
私自身、地元の学校で教育を受けたわけでもなく、外国人としてこの街に来ました。それでもミラノは、いろいろなチャンスを与えてくれた街です。仕事や活動の機会を得ることができたのも、この街だったからこそだと感じています。
だからこそ、ミラノとサルデーニャはもしかすると意外なことに対立する存在ではないのかもしれないです。都市には都市の可能性があり、自然には自然の豊かさがある、と言ったらいいのかしら。
ただし、サルデーニャ移住には現実的な課題もあるのです。観光地では住宅が観光客向けに使われることが多く、賃貸住宅を見つけるのが難しいとか。それでも運よく家が見つかれば、ミラノの半分ほどの家賃で、2倍ほどの広さの家に住むこともできるのだから、快適には違いない。
そんな家探しの困難を乗り越えられるのは、サルデーニャの海と地平線を眺めているうちに、きっと誰もが思わずにはいられないからではないでしょうか。

「ここに住みたい」と。


特派員

  • 三上 由里子
  • 職業音楽家

チェリスト。ミラノを本拠地にソロとアンサンブルの演奏活動中。クラシックからポップスまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、イタリアの人気コメディアンの番組にバンド出演中。

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