バリローチェから北にあるヴィラ・ラ・アンゴスツーラ(Vila La Angostura)を通って西方向に進みました。国境はアンデス山脈を越える場所にあります。標高は1314mほどです。チリ側に入ると直ぐになんとも言えない奇妙な景色に遭遇します。今までに見たことがない灰色の木が道路の両側に広い範囲で広がっていました。その理由は、2015年にカルブコ火山が42年ぶりに噴火したことでした。噴煙は高さ10kmにも達したそうです。多くの木が枯れたままになっているのを目撃するのはショックでした。
皆さんもご存じの通り、チリは細長い国です。北から南まで、4.400㎞で、東から西までは平均180㎞です。チリには2900もの火山があり、そのうち活火山の数は約100とされています。ブラジルでは、火山、地震、台風がないので、チリに入国後、ちょっと緊張気味になりました。
そのまま進んでいきますと、オソルノ(Osorno)火山が見えました。標高約2652mで、日本の富士山の形に似ていることと、夏でも山頂に少し雪が積もったままなので、「チリ富士」とも呼ばれています。確かに似ていますね。
そして到着したのは、プエルト・モント(Puerto Montt)です。チリの首都サンチアゴから南へ1000㎞に位置します。プエルト・モントは19世紀のドイツ移民によって開拓され、プエルトモント湾に面した美しい町です。島めぐりをしたり、火山のほうへ遊びに行ったりと楽しめるうえ、シーフードもおいしいです。
町にある歴史館Juan Pablo IIに行ってみました。とても素敵な建物にでゆったりとしていて、無料でした。とても分かりやすく説明されたパネルやオブジェや写真がありました。子供たちも楽しめるスペースが設けられているのが素敵でした。
1960年5月にこの町の近郊の海底で発生した地震は、観測史上最大規模のマグニチュード9. 5を記録したそうです。その後、10メートルを超える大津波が沿岸の村々を何度も襲ったそうです。プエルト・モントを中心に南北800kmにわたる地域がほぼ壊滅状態になったとも聞きました。この地震は日本へも22時間半後に6mに達する津波を到達させた記録が残っているそうです。話を聞いたり資料を読んでいるだけでも、恐ろしさで身が震えるのを感じました。その後もどれだけ苦労されて町造りに取り掛かったことでしょう。あらためてホテルの窓から見る沿岸の穏やかさと人々がゆっくり歩いている風景を見て、この平和な景色がずっと続く事を静かに祈りました。
プエルト・モントはチリ側のパタゴニア地方への玄関口と言われていて、カレテラ・アウストラル(7号線)の出発点です。0kmを示すプレートがありました。この町で一番有名なプレートでしょう。旅人が多く写真を撮っていました。プエルト・モントから南はビジャ・オイギンスまで約1200㎞あります。そのうちの800㎞私たちは走ってきました。次の町はオルノピレンです。プエルト・モントから100kmくらい南に移動します。途中フェリーにも乗ります。
チリ側のパタゴニアの旅、続きます。
