岩場の鉄格子の門には、小さな紙が貼られ、電話番号だけが書かれていた。その番号に手元のガラケーでかけ、しばらくすると眠そうなおじいさんがやってきて、門を開けてくれた。中は、洞窟になっており、お爺さんの後をついていき、岩肌に残された先史時代の壁画を見せてくれた。1メートル四方にも満たない小さな壁画で、おじいさんに教えてもらわなければ見逃してしまうほどだった。一緒にいた友達は「わぁー」と感嘆な声をあげ、喜んでいた。私はというと、不思議なくらい何の感情も湧いてこず、むしろ残念とさえ感じた。みんなと一緒に感動できなかった自分に落ち込んだ思い出が痛烈に残っている。
そんな昔の出来事を思い出したのは、先日、子供たちと洞窟探検に参加したからだ。
もちろんガイド付きのイベントで、小さな洞窟だったのだが、それが予想以上に楽しかった。
川を渡り、水のせせらぎを耳に、湿った土を踏み、茂みをかき分け、少し登ったところに洞窟の入り口があった。順番に入り口から岩の上を滑るように下の開けたところに着地する。空気がひんやりと湿っていた。全員が集まったところで、洞窟のでき方や地層、ミネラルについての説明を受けた。私は早く奥まで進みたくてヤキモキした。子供達も私と同じく好奇心が強いのか、グループの先頭を歩くのはいつも私たちだった。
窮屈なところを抜けたら、また開けた場所に出て、そこでまたみんなを待った。グループの中に一人大きくて、ふくよかな男性がいたのだが、その人が途中でハマってしまったらしく、ガイドに助けられ、どうにか辿り着いた。
次は、希望者のみ、更に奥深く、狭くてハードなルートに挑んでもいいという事になり、私と子供たちは躊躇いもなく手をあげた。小さな場所なので、2、3名ずつ進んで行き、行き止まりのような場所で、右側の岩、ちょうど私の身長ほどの高さのところにある穴に登り、這って潜り抜けるというチャレンジだった。
ふくよかな男性は、「僕はやりません」と声を出した。もちろん、無理だろうとは思ったが、文句を言うまでもなく、「金返せ」と騒ぐでもなく、謙虚に自ら諦める姿がなんともポルトガル人らしいと、愛おしく思えた。
もしかすると、シンプルに岩に挟まった時の恐怖心からやらないと決めたのかもしれない。それとも、ガイドが「やりたくない人はやらなくてもいい。やりたい人だけ」というようなことをしきりに言い続け、そのプレシャーに負けたか。
私の番が来た、狭い通路の足場はツルツルと滑りやすかったが、スムーズに行き止まりまで辿り着けた。ガイドが体を半分持ち上げて穴へ入れてくれた。そこから腹這いになって穴を抜けるのだが、痩せっぽちの私は、底の細い割れ目にすっぽり落ちてしまいそうで、ガイドが後ろで冷や冷やしながら私の足をどうにか割れ目の片側に寄せようとしているのが分かった。つま先を立てて、床を蹴り上げるのだが、靴についた泥のせいで滑って前に進んでくれない。仕方なく、根性で肘を立てて進んで行った。
穴を抜けたところに、ふくよかな男性がいた。最後のクライマックスを体験できなかった彼に、せめて何か一緒に体験した気分になってもらえればと思い、私は彼に向かって手を伸ばした。彼は真剣な顔で私を受け止め、穴から下ろしてくれた。
洞窟から出る手前、ヘルメットのライトを消すよう指示があった。最後の一人がライトを消すと、今まで体験したことのない黒い空間に包まれた。何を見ているのか。何も見えていないのか。目を開けているのか閉じているのかさえ分からないほど真っ暗だった。
自分の存在がまるで消え、意識だけが残ったような感覚だった。
洞窟の中だけ、時間が止まっているようだった。
出口を出ると、刺すような日差しと生ぬるい空気が迎えてくれた。
