「金型から起こしてロボットを作るスタートアップなんて、今時珍しいですよ。」
「多くのVCさんも、ハードウェア系はリスクが大きすぎて基本的には避けますよね。」
以前、日本のパートナー企業や関係者から言われたこの言葉が、今でも鮮明に心に残っている。 現在、iPresenceは自社プロダクト「Kubi 2.0」を国内で再設計・量産し、世界へ送り出そうとしている。神戸で生まれたベンチャー企業が海を越えて世界市場へ挑み、日本の「ものづくり業界」へ貢献する——。これが私たちが掲げる大きな挑戦だ。
しかし、その裏側にある現実は、華やかなイノベーションのイメージとは程遠い、泥臭い葛藤と試行錯誤の連続だ。
Kubi 2.0の開発を進めていると、たまにこんな声をかけられることがある。
「2軸だけのロボット(チルト・パン)なんて、中国の深圳とかに行けば簡単に安く作れるでしょう?」
正直に言う。最近は心の中で「できるものなら、一度ご自身でやってみてください」と思ってしまう(笑)。
単なる試作品を安く作ることと、何百台、何千台と同じ品質で安定して作り、故障時の補償やサポートの責任を負い、何年も継続供給することは全く別の次元の話。「できる」と「やる」とは全く違うということだ。
ソフトとハードが融合したプロダクトは、見た目の構造がシンプルに見えても、中身はまったく別の異種格闘技である。ソフトウェアだけでも「アプリケーション開発」と「電子基板側の制御」では必要なスキルセットがまるで違う。さらにハードウェア側へ目を向ければ、外装(キャビ)の肉厚設計、樹脂素材の選定、モーターや電子部品の調整、基板レイアウト、物理スイッチの押し心地一つに至るまで、果てしない精度と調律が要求される。
製造工程で設計とのわずかな差分が出たり、設計意図が現場に届いていなかったりするだけで、スムーズに回転しなくなったり異音が発生したりする。それだけで追加コストと時間が削られていく現実に、冷や汗をかく場面の連続だった。
また、「競合がすぐに出てくるんじゃないの?」ともちょいちょい聞かれる。
こういった完成品のものづくりは知識やスキルだけの問題ではない。どれだけ
「この商材が社会に必要か」、という確信、そして「待ってくれているお客様のために絶対に届ける」という絶大な信頼と愛着がなければ、次々と立ちはだかる壁を突破するエネルギーなど湧いてこない。商品のマネはできても、このハートの部分だけはマネはできないということは自信を持って言える。
たしかに、表面的な製品の形やスペックだけであれば模倣することは可能かもしれない。しかし、10年間この製品を学校、病院、企業の現場で使い続け、お客様から失敗も不満も直接聞き続けて改善を重ねてきた「現場知」と絶大な信頼関係までは、簡単にはコピーできない。
「この商材が社会に絶対に必要だ」という確信と、待ってくれているお客様への愛着があるからこそ、次々と立ちはだかる開発の壁を突破するエネルギーが湧いてくる。数字や表面的な仕様には落とし込みにくいのだが、この10年間の現場の蓄積こそが、私たちの真の競合優位性だ。
kubiの背景にも少し触れておきたい。オリジナルのkubiは、2015年から米シリコンバレーのスタートアップ「Revolve Robotics社(後にXandex社)」から輸入し、私たちが10年にわたって日本で販売してきたデスクトップ版テレプレゼンスロボットだ。iPresenceとしてもZoomと連動するアプリや、遠隔教育に使えるシステム開発を行いながら、多くのお客様に届けてきた。

※従来のkubi
それがコロナ禍を経て、材料費や人件費の高騰により米国生産では利益が出せなくなり、2〜3年前に生産終了の連絡が入った。ただ、先方はiPresenceを米国外初の販売/開発パートナーとして深く信頼してくれており、事業と製造権を引き継がないかと声をかけてくれた。
ニッチな商品ではあるが、グローバルで4,000台以上売れた実績と明確なニーズのあるロボット。シリコンバレーで生まれたプロダクトを、神戸で再設計し、日本のものづくりの精度と信頼性で次の10年へつなぐ——。日本のメーカーとしてものづくりを追求したい私としては、願ってもない話だった。
当初、図面や必要な情報などがあれば、以前に独自小型テレロボの「動く電話テレピー」を設計、製造、量産までしたメンバーや協力会社と一緒に取り組めば今と同じ製品の製造はいけるだろうという感覚的な目論見があった。
私は早速シリコンバレーの現地に乗り込み、製造プロセスを伝授してもらった。長年携わってきた彼らもkubiがなくなることは寂しく思っており、引き継いでくれることへの期待をヒシヒシと感じた。
しかし、アメリカで見せてもらった工程を動画などに撮り、日本に持ち帰った際、パートナー工場の社長からショッキングな一言を突きつけられた。
「クリスさん、これ、このままではうちでの量産は無理だよ。イチから設計し直さないと。」
現地では職人技のような手作業で組み立てられており、メーカーとしての品質保証や今後の保守ができないという判断だった。
「マジか。。。」
と思惑が外れた中ではあったが、その設計はできるだろうというその社長さんの声を信じ、
「わかりました。では今と極力同じデザイン、機能で良いので、Made in Japanを誇れるような仕様に作り直しましょう!」
という想定外の状態と新たな意気込みが、Kubi 2.0プロジェクトのスタートだった。
設計し直すのであればということで、バッテリー容量の改善、Type-C給電化、残量表示LEDの追加、そして学校現場で嫌がられるモーターとギアの静音化。10年分の顧客の要望を反映し、8ヶ月かけて渾身の量産プロトタイプをパートナー企業と作り上げた。

※左が開発途中のプロトタイプ - 初期は旧型と同じ形状を目指した。
「この品質ならいける!」
そう自信を持って取得した量産見積もり。国内での金型費、国際認証の取得、部品の最低発注数(MOQ)、ブランド権利の買収……
すべてを積み上げた見積もりは、なんと
合計で約1億円。
コストについては気をつけていたつもりではあったが、iPresence独自で先行投資するには絶望的な数字であり、他からの資金調達の目処も立たない。頭を抱えた。それでもここまできたのでなんとかお金を見つけて進められないか。ただ、利益化するだけでも数千台売れなければという状態。ただ、売れれば回収できる。ここで諦めるわけにはいかない。今までkubiを使って喜んでくれた病弱の子どもたちや期待する先生方、病院のケアワーカーの方々など、関係者の顔が脳裏に浮かぶ。
そこからチームでも他の製造方法はないのか、どうすればコストを抑えられるかなどと協議を繰り返したが、最終的な判断は
「このまま進むことは、諦める。」
だった。
2025年5月。長年やり取りをしてきたアメリカのパートナーにもプロジェクトの断念を伝えた。苦しさと悔しさで、メールを送る手が震えた。こうして、Kubi 2.0の夢は一度完全に途絶えた。今回のプロジェクトで一番辛く、苦しかった時だ。
(【後編】2度目の仕切り直し、Physical AIへの接続、そして世界挑戦へ続く)
