皆既日食は、月の影が通るごく狭い範囲でしか見ることができない。その影は毎回違う場所を通るため、同じ地域で皆既日食が見られるのは数百年に一度とも言われている。ポルトガルは国土が狭いため、皆既日食が見られること自体が珍しく、全体が皆既になることはほぼない。今回、ポルトガルで太陽が100%隠れたのは、ブラガンサ近郊だけ。本土のほとんどは95%〜98%ほど隠れる部分日食だった。
ブラガンサ市では、この皆既日食で施設だけでも30万ユーロ以上の経済効果があったそうだ。市長は、ブラガンサを「ポルトガルの日食の首都」と上機嫌。リスボンでも日食観察用メガネはどこも売り切れで、職場では「どこかに売ってない?」とみんな情報網を張り巡らせていた。
すっぽり隠れた
ダイヤモンドリングさて、我々はと言うと、一日休みをとって見に行くことにした。
友達家族がブラガンサまで行くと言うので便乗することに。急な話だったので日食観察メガネは手に入らず、ネットで見つけたD I Yの筒形観察機なるものを作り、他にも何か実験できそうなグッズをカバンに放り込んだ。
当日の朝は、2家族で移動できるように予約していたバンが、別のイベントに回されたと。こちらは支払いまで終えているのに、なんたることか!結局、それぞれの車2台で出発することになった。
ブラガンサまでは4時間ちょっと。
「遠いなぁ」と思いながら走っていると、友達から無線…ではなくメッセージが。「ブラガンサ、めちゃくちゃ混んでるらしい。いっそのことスペインまで出ちゃおう!」
「オッケー!」
軽く返事をしたものの、送られてきたGoogleマップを開いて夫婦で固まった。
あと5時間半。
「ヒェー!」
思わず二人同時に叫んだ。
正直、この時点で私たち夫婦は、
「近場で、100%隠れてなくてもいいじゃない?」
と、かなり現実的なことを考えていた。
途中、お弁当を食べたり、トイレ休憩を挟みながら、ようやくスペイン側の見晴らしの良い遺跡へ到着。
、、、したのだが。
「閉館するので出てってください」
えええー。
仕方なく近くを探すと、小さなカフェに隣接した公園を発見。そこへ陣取ることにした。
家を出てから、すでに6時間以上。
子供達はさっさと公園へ放ち、私と旦那はまずビール。疲れた体に染みる。
カフェのTVでは、ブラガンサの大混雑な様子と、画面左上の日食カウントダウン。
でも、まだ他人事だった。
「せっかくスペインまで来たんだから、この国のビールとつまみで楽しもう!」
そんな空気である。


しばらくして、公園へ向かい、友達家族の日食観察用メガネと私のDIY観察機を順番に回しながら、みんなで太陽を眺めた。みんな同じ方向を向いていた。
「この辺まではまだ見たことあるぞー!」
心で思いながら、100%太陽が隠れる瞬間を心待ちにしていた。
あと少し。
あともう少し!
そして、その瞬間がきた!
太陽がすっぽり消えた。
周囲が一瞬で夜になり、幻想的な光景が広がった。
皆既の数十秒だけは、肉眼で太陽コロナを見ることができた。
黒い太陽。
周囲の音まで遠くなったような、不思議な静けさ。大昔の人たちが、この現象を恐れた理由がわかった気がした。知識がなければ、世界の終わりだと思っても不思議ではない。
30秒ほどで太陽が再び光を放ち始めると、辺り一面明るくなった。
急に夜になる気がつくと、我々をのぞいて誰もいなかった公園には、犬の散歩で出てきたおばさん二人。さっきまで誰もいなかったカフェのテラスは、夕飯前のビールやワインを楽しむ人たちが座っている。
私たちにとっては一大イベントでも、彼らにとっては、いつもの夕方だった。
ポルトガルでは皆既日食で大騒ぎしていると言うのに、スペインでは誰一人として浮かれていない。
その温度差が妙に面白かった。
人気のないカフェ
夕方から急に賑やかになる帰り道は、また6時間。
流石に疲れ切った。
それでも夜空にはペルセウス座流星群が流れ、車窓からいくつもの流れ星を見ることができた。
皆既日食を追いかけてスペインまで走り、帰りは流れ星を眺めながら帰る。
振り返ってみれば、とても贅沢な1日だった。
黒い太陽を見たこの日は、一生に一度の特別な体験となった。
