2025年5月、1億円という量産の壁を前に、Kubi 2.0のプロジェクト断念を関係各所に伝えた。当時、弊社は大阪・関西万博の「どこでも万博」などのプロジェクトで多忙を極めていたが、心の中にはずっと不完全燃焼の思いが燻っていた。
旧Kubiの販売終了後も、現場からは「もう買えないのですか?」「学校で使いたい」という問い合わせが途絶えなかったからだ。
そんな失意の中、日本の製造パートナーから一つの新しい構造案が持ち込まれた。従来とは全く異なるアプローチで機構を見直し、部品点数を劇的に削減できる可能性を秘めた提案だった。
「これなら……もしかすると、いけるかもしれない。」
一度諦めた手前、安易に「やりましょう」とは言えなかったが、恐る恐る再始動を模索し始めた。ここで私たちは根本的な問いに立ち返った。
「本当に、以前のデザインをそのまま再現する必要があるのか?」
必要なのは過去の完全な再現ではない。10年間使っていただいた中で分かった強みを残し、日本の技術と製造方法で再定義することだ。初回生産も数千台規模を追うのではなく、まずは確実な「数百台」からスタートする設計に切り替えた。
※再始動時当初のプロトタイプ。従来のkubiの上部のアームを無くし、マグネット式にする事でパーツ数を少なく、コストを削減。チルト部分を上から下げることで重心を低く保つという機構の抜本的改修の提案
2025年9月には、大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」に出展する機会を得た。そこで新しい機構を前提にしたプロトタイプを来場者にお披露目した。
実際の現場での目線の声を取り入れ、製造コストの高かったタブレット固定部をマグネット式に変更し、転倒を防ぐ低重心設計、静音モーター、Type-C給電、バッテリー残量インジケーターなど、10年分の現場の声を更に凝縮させていった。
「この設計とコスト感なら行けるのでは!」
アメリカのXandex社に再度連絡を取ったのはこの確信が固まってからだった。当初は先方も一度諦めたプロジェクトなのに何故まだ取り組んでいるんだという厳しい声から始まったが、その後の粘り強いコミュニケーションを通じで再度量産に向けての動きに同意を得て再度一緒に進める同意を得ることができた。
そうしてプロジェクトも加速し始めたのだが、本当の難関はそこからだった。プロトタイプ(試作品)から量産品へと移行する「量産の壁」は想像以上に高く、そして分厚かった。
海外販売に必要な複雑な認証取得、マーケティング設計、そして何より設計変更の重み。量産段階では「0.1ミリ」の精度が品質に影響する。金型に関してはわずか「1ミリ」修正するだけで、金型改修や検証費用として数十万円、数百万円が吹き飛んでいく。そんな恐怖と戦いながら、精度を極限まで詰めていった。
※kubi2.0 の最終形状Kubi 2.0の開発を進める中で、私たちは当初から「AIエージェントとの連携」を見据えていた。カメラで人を認識してそちらを向き、ショールームや受付でAIが案内し、必要に応じて遠隔の人間へバトンタッチする仕組みだ。
そして2026年に入り、世界で急激に脚光を浴びた言葉がある。「Physical AI(身体性を持つAI)」だ。
バーチャルの中だけで存在していたAIが、物理的な身体を得て現実世界の物質、人や空間と関わっていくという思想である。年始のCESでの出展時にも、イベントのメインテーマにもなっており、強い手応えを感じた。時代がようやく、我々が10年間愚直に追い求めてきた「存在感(プレゼンス)の伝達」に追いついたのだ、と。
Kubi 2.0には腕も脚もない。しかし、人間とコミュニケーションを取る上において、「相手の方を向く」「話者を追う」「近づいた人に視線を合わせる」という最小限の身体性が持つ意味は果てしなく大きい。
• 人には、遠隔から『そこにいる』ための身体を。
• AIには、現実世界で人と向き合うための身体を。
10年間取り組んできたテレプレゼンスと、これからのPhysical AIが、Kubi 2.0というプロダクトで一直線につながった瞬間だった。
※kubi2.0のAIエージェントバージョン(左)と従来のテレプレゼンスイメージ(右)
私たちには以前、小型遠隔コミュニケーションロボット「telepii(テレピー)」をゼロから開発し、Makuakeでクラウドファンディングを行い、金型を起こして量産・出荷までやり切った泥臭い実績がある。
当時は右も左も分からず、数々の失敗を重ねて痛い目をみた。しかし、当時は損失でしかなかったその経験が、今回のKubi 2.0の土壇場で強力な「資産」として生きてきた。問題が起きるたびに「あの時と同じだ、こうやって突破しよう」と冷静に対処できた。
もし最初からハードウェア量産の恐ろしさをすべて知り尽くしていたら、足がすくんでこの挑戦を始めていなかったかもしれない。「分からないからこそ一歩踏み出し、壁にぶつかるたびに学ぶ」ことこそが、スタートアップの特権なのだと思う。
Kubiはもともと、米国シリコンバレーで生まれたプロダクトだ。それをiPresenceが日本で育て、今度は神戸で再設計し、日本のものづくり企業の力を借りて「Made in Japan」の品質で世界へ送り返そうとしている。
初回生産は300台。世界的メーカーから見ればささやかな数字かもしれない。しかし、この300台を自分たちの手で金型から起こし、品質を磨き上げ、自らの責任で世界へ送り出すことには大きな意味がある。
その第一歩として、近々Kickstarter(海外クラウドファンディング)に挑戦する。
世界でどこまで通用するかは、挑んでみなければ分からない。だが、世界を取りに行かなければ、可能性は永久にゼロのままだ。一度は諦めかけたKubi 2.0。長く一緒にkubi2.0に向き合った仲間たち、応援してくれる方々と日本のものづくり企業の技術に支えられ、ようやくスタートラインに立つことができた。
無謀と言われたスタートアップの「Made in Japan」での挑戦を、ぜひ見届けてほしい。
